当記事では、日本語文章における「することができる」という表現について解説します。
「冗長になるから避けるべきだ」と言われやすい表現なのですが、どちらかというと「ニュアンスが湾曲して伝わる可能性がある」ということが、避けるべき理由だと考えました。
なお代替案として「することもできる」と言い換えることで「できる」との明確な使い分けが叶います。
当記事ではこれらの文が持つニュアンスの違いや、文法的な解説をお伝えしていきます。
「することができる」は誤用?なぜ嫌われる?
「〜することができる」という文章表現は、日本語文法の用法として明確な誤用ではありません。
なのにこの表現が嫌われる理由は、文が冗長になるということはもちろん、この文が本来もつニュアンスで使われていないことも多いからです。
比較対象として挙げられるのは「〜できる」という文ですが、それぞれ下記のようなニュアンスを持ちます。
- 「〜できる」:「現実的に可能である」という事実を提示するニュアンスが大きい
- 「〜することができる」:「やろうと思えばできるが、しなくても良い」という選択肢を示すニュアンスを含む
例えば「無料でアフターサービスを受けられます」だと「そのサービスが存在する」という事実を伝えるニュアンスが強くなります。
一方で「無料でアフターサービスを受けることができます」という文は、事実を伝えるニュアンスを持つとともに「別に受けなくても良いけれど、受けようと思えば受けられるよ」と、選択肢を提示するニュアンスも含みます。
「〜することができる」が使われる場合、この使い分けが考えられていないことが多く、なおかつ冗長になるために嫌われているのです。
「することもできる」に言い換えた方が、より正確に伝わりやすい
「することができる」に含まれる「選択可能」のニュアンスを表現したいのであれば「〜すること”も”できる」と言い換えた方が、より正しく意思表示できるのではないかと考えます。
仮に「無料でアフターサービスも受けることもできます」とすれば「別に受けなくてもいいけれど、受けようと思えば受けられるよ」というニュアンスを明確に示すことになり、さらには「受けられる」と言い切った場合との区別が明確です。
よって選択肢があることを提示をしたいのであれば「することもできる」を使い、事実を伝えたいのであれば「できる」を使うことをおすすめします。
文章はあくまでコミュニケーションツールですので、正しく意味が伝わる確率の高い表現を使った方が良いと考えます。
そもそも機械的な英和翻訳が語源だから、通常文としては違和感がある
そもそも「することができる」は、英文を日本語文に機械的に訳したときにできてしまった表現だと言われています。
試しに「i can throw it」という英文を、google翻訳にかけてみました。
上記画像のように、やはり「私はそれを投げることができます」と翻訳されますが、一般的には「私はそれを投げられます」で十分です。
とはいえ翻訳がこのようになるのは、英語と日本語の文法的な違いが原因であり、仕方のないこと。
しかし日本語で文を書くのであれば、自分が伝えたいニュアンスをより正しく示せる表現を使いたいところです。
「することができる」と「できる」の文構成の違い
次に、文法的な視点から「することができる」と「できる」の違いを見ていきます。
例文を用意しました。
- 私は考えることができる。
- 私は考えられる。
上記2つの文は、実は文の構成がまったく異なっていることがおわかりでしょうか?
少し細かく解説していきます。
「AはBすることができる」の文構成
「私は考えることができる」という文を分解すると、以下のような構成になっていることがわかります。
- 私は:主題
- 考えることが:主語
- できる:述語
「考えること」が主語になり、それが「できる」ことを述語で示す文構成になっています。なお一見主語のように見える「私」は「主題」の位置付けです。
「私」というテーマにおいて「考えること」が「できる」ことを示す文ですね。
よって「別に考えなくても良いけれど、考えることもできる」という意思表示をするようなニュアンスの文になります。
「AはBできる」の文構成
次に「私は考えられる」という文を分解してみます。
- 私は:主語
- 考えられる:述語
「私」が主語になり、それが「考えられる」ということを述語で示す文構成で、とてもシンプルです。
よって「考えることが可能である」という事実を示す文になります。
なお主語や述語などの「文の成分」については下記の記事で解説していますので、わかりにくい方は参考にしてみてください。
「することができる」は、あまり活用機会がない
「意思表示」がしたいなら「することができる」ではなく「することもできる」の方がニュアンスが正しく伝わりやすくなります。
あるいは「事実」を示したいなら「できる」とした方が「することができる」よりも端的に伝わります。
よって「することができる」は文法的に誤った表現ではないものの、あまり使うシチュエーションのない言葉だと言えます。
そもそもあまり好まない人も多いため、わざわざ使うべくもありません。
もちろんプライベートで使う分には自由ですが、ビジネスメールやライティングの仕事などでは避けておくことをおすすめします。
なお当サイトでは「することができる」表現を重言に分類しています。そのほかの重言は下記の記事で解説していますので、参考にしてみて下さい。